2017年01月31日
日本独自の床材「畳」の持つパワー☆
こんにちは☆
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
昨日は、畳縁のカタログが届いたので、オシャレな畳縁の話を書きました☆
畳縁の歴史も、今度書きたいと思います(*'ω'*)
今日は、畳についての記事をまだ書いていなかった!ということで、畳についてちょこっとご紹介します。
畳は、日本人の住まいの歴史にはとっても深く関係しているので、一記事では書ききれないことが沢山あります。
なので、今日は、畳の性能についてに絞ってご紹介したいと思います。

畳は、畳床(たたみどこ)という畳の台になるものに、畳表(たたみおもて)という表装に使う敷物をかぶせて縁を付けて出来ます。
畳は、「高温多湿」の日本の風土に適した床材の一つです。
畳床に使われる藁も、畳表に使われる藺草(いぐさ)も中空のストローのような構造のため、
弾力性、断熱性、保温性に優れ、日本の元祖・断熱材と言ってもいいものです。
適度に水分を吸収して、乾燥時に吐き出すので、湿度調整の機能も持っています。
更には、遮音性・防音性、脱臭効果もあり、畳の香りは癒しの効果もあるという研究結果も出ています。
畳を歩く感触や、畳の香りなど、「畳って癒される」という人も多いと思います。
でも現在は、ダニやカビの温床となるといわれ、畳に対してマイナスのイメージを持っている方も多いよう。。。
実は、現代の高気密住宅と、開放的な古い木造では、結果に差が出るんです。
現代の高気密住宅では、畳の持つ保湿性能の高さが、逆にダニやカビの生育条件に適した環境を生み出してしまいます。
高気密の住宅自体が、気候の異なる海外で育った建築の考え方が基盤となっているため、畳の持つ性能が過度な性能になってしまうんですね。。
一方、古い木造住宅(日本の伝統的な建築)は、開放的な造りで、風通しの良い住宅であるため、温床になるほどの湿度を畳が有しないんです。ただし、掃除が行き届いていないと、ダニはエサを求めて寄ってきます。
高気密住宅で畳を使用する場合は、室内だけでなく、床下の換気や湿度の管理の設計も大切です。
畳の持つ高い性能を効果的に発揮させるように設計することがポイント。
最近では、イ草畳だけでなく、和紙をこよりにして編んだ畳もあり人気です。
防水加工もしてあるので、液体をこぼしても安心。
現在の高気密住宅でも、カビが発生しにくいのも安心です。
日本独自の床材「畳」の持つパワー、海外の方にとってもとても魅力的だそうです。
日本の中でも、再度見直されたら良いなと思います。
次回は、畳の歴史をご紹介します☆
************************
古民家再生と築40年以上の木造住宅改修・設計専門店
工事も頼める設計屋さん
㈲谷野設計
さぬき市大川町富田西2911-1
0879-43-6807
info@tanino-sekkei.co.jp
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
昨日は、畳縁のカタログが届いたので、オシャレな畳縁の話を書きました☆
畳縁の歴史も、今度書きたいと思います(*'ω'*)
今日は、畳についての記事をまだ書いていなかった!ということで、畳についてちょこっとご紹介します。
畳は、日本人の住まいの歴史にはとっても深く関係しているので、一記事では書ききれないことが沢山あります。
なので、今日は、畳の性能についてに絞ってご紹介したいと思います。
畳は、畳床(たたみどこ)という畳の台になるものに、畳表(たたみおもて)という表装に使う敷物をかぶせて縁を付けて出来ます。
畳は、「高温多湿」の日本の風土に適した床材の一つです。
畳床に使われる藁も、畳表に使われる藺草(いぐさ)も中空のストローのような構造のため、
弾力性、断熱性、保温性に優れ、日本の元祖・断熱材と言ってもいいものです。
適度に水分を吸収して、乾燥時に吐き出すので、湿度調整の機能も持っています。
更には、遮音性・防音性、脱臭効果もあり、畳の香りは癒しの効果もあるという研究結果も出ています。
畳を歩く感触や、畳の香りなど、「畳って癒される」という人も多いと思います。
でも現在は、ダニやカビの温床となるといわれ、畳に対してマイナスのイメージを持っている方も多いよう。。。
実は、現代の高気密住宅と、開放的な古い木造では、結果に差が出るんです。
現代の高気密住宅では、畳の持つ保湿性能の高さが、逆にダニやカビの生育条件に適した環境を生み出してしまいます。
高気密の住宅自体が、気候の異なる海外で育った建築の考え方が基盤となっているため、畳の持つ性能が過度な性能になってしまうんですね。。
一方、古い木造住宅(日本の伝統的な建築)は、開放的な造りで、風通しの良い住宅であるため、温床になるほどの湿度を畳が有しないんです。ただし、掃除が行き届いていないと、ダニはエサを求めて寄ってきます。
高気密住宅で畳を使用する場合は、室内だけでなく、床下の換気や湿度の管理の設計も大切です。
畳の持つ高い性能を効果的に発揮させるように設計することがポイント。
最近では、イ草畳だけでなく、和紙をこよりにして編んだ畳もあり人気です。
防水加工もしてあるので、液体をこぼしても安心。
現在の高気密住宅でも、カビが発生しにくいのも安心です。
日本独自の床材「畳」の持つパワー、海外の方にとってもとても魅力的だそうです。
日本の中でも、再度見直されたら良いなと思います。
次回は、畳の歴史をご紹介します☆
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2017年01月30日
畳縁ってオシャレ☆
こんにちは☆
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
事務所前の池に来ていた渡り鳥が居なくなって、寂しいな~と思っていたら、昨日第二軍?がやってきました(´▽`)♪
しばらくの間、また優雅に泳ぐ姿が見られると思うと嬉しいです☆
注文していた、畳縁(たたみべり)カタログが届きました☆

最近は、モダンな畳の取り入れ方が増えました。
畳縁(たたみべり)のない畳を用いて、市松模様にしたり、敷き詰め方でも畳の雰囲気は変わります。

畳縁のない畳は、すっきりしていてコーディネイトしやすく、畳面を広く感じさせる効果があります。
オシャレな活用方法も沢山あり、インテリア雑誌などでも良く紹介されていますね☆
畳縁があると、ちょっと古い和室のイメージ、という方も多い気がします。
畳縁でも、モダンな雰囲気は作れますよ♪
畳縁を変えることで畳の雰囲気はガラッと変わります。


畳縁には、とっても沢山の種類があるんです。
色を変えたり、紋様の種類や大きさ、畳の敷き方、楽しみ方は沢山あります。
伝統的な和模様の他にも、現在は市松柄、アーガイル柄、ペーズリー柄、などなど、豊富な柄があります。

畳の手触りもそうですが、畳縁の織の触感も、私はとっても好きです。
畳縁という、畳の縁にまでちょっとこだわるって、オシャレですよね。
しかも、そこに日本の伝統技術が活きている☆
カタログを見ているだけでニヤニヤしてしまいます(*'ω'*)
次回は、日本の元祖断熱材、畳の性能についてご紹介します。
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お読みいただき、有難うございます。
事務所前の池に来ていた渡り鳥が居なくなって、寂しいな~と思っていたら、昨日第二軍?がやってきました(´▽`)♪
しばらくの間、また優雅に泳ぐ姿が見られると思うと嬉しいです☆
注文していた、畳縁(たたみべり)カタログが届きました☆
最近は、モダンな畳の取り入れ方が増えました。
畳縁(たたみべり)のない畳を用いて、市松模様にしたり、敷き詰め方でも畳の雰囲気は変わります。

畳縁のない畳は、すっきりしていてコーディネイトしやすく、畳面を広く感じさせる効果があります。
オシャレな活用方法も沢山あり、インテリア雑誌などでも良く紹介されていますね☆
畳縁があると、ちょっと古い和室のイメージ、という方も多い気がします。
畳縁でも、モダンな雰囲気は作れますよ♪
畳縁を変えることで畳の雰囲気はガラッと変わります。

畳縁には、とっても沢山の種類があるんです。
色を変えたり、紋様の種類や大きさ、畳の敷き方、楽しみ方は沢山あります。
伝統的な和模様の他にも、現在は市松柄、アーガイル柄、ペーズリー柄、などなど、豊富な柄があります。

畳の手触りもそうですが、畳縁の織の触感も、私はとっても好きです。
畳縁という、畳の縁にまでちょっとこだわるって、オシャレですよね。
しかも、そこに日本の伝統技術が活きている☆
カタログを見ているだけでニヤニヤしてしまいます(*'ω'*)
次回は、日本の元祖断熱材、畳の性能についてご紹介します。
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2017年01月26日
伝統と新しさが融合した拝殿―穂高神社
こんにちは☆
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
今日の朝は、車の窓に氷の結晶が沢山!
朝日があたるとキラキラして綺麗でした☆
今日は、穂高神社探訪の際の、拝殿について書こうと思います。
以前は、ご本殿の造りや歴史について書きました☆
かなり以前の記事から時間が経ってしまいました( ;∀;)

上の写真が拝殿です。
2009年の大遷宮の際に建替えられました。
銅板葺きの屋根の曲線がとても美しいです。








天井は、格子の間隔が中央部は狭く、左右の天井は格子の間隔が広い格天井。
遷宮による、伝統と技術の継承はそのままに、現代にも合うように革新を加えています。
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
今日の朝は、車の窓に氷の結晶が沢山!
朝日があたるとキラキラして綺麗でした☆
今日は、穂高神社探訪の際の、拝殿について書こうと思います。
以前は、ご本殿の造りや歴史について書きました☆
かなり以前の記事から時間が経ってしまいました( ;∀;)
上の写真が拝殿です。
2009年の大遷宮の際に建替えられました。
銅板葺きの屋根の曲線がとても美しいです。

向拝部分の唐破風を下から見上げた写真。
破風の曲線部分は、職人の腕が光る場所☆

雲・大波と亀・唐草の彫刻がダイナミック。
上の写真の中央部、大波と亀の彫刻部分は蟇股です。
形がだいぶ蟇股と違うよ?!と思われそうですが、彫刻が蟇股の輪郭を取り払ったり、はみ出したりする蟇股もあります。
とてもダイナミックで物語性の高い彫刻が多いです。

向拝柱の木鼻は、松。
拝殿内部は、間仕切りの無い開放的な造り。
天井は、格子の間隔が中央部は狭く、左右の天井は格子の間隔が広い格天井。
内部の梁の彫刻や蟇股など、細部まで凝っていました。
ヒノキやケヤキを使っていて、拝殿から奥の本殿がよく見えるようにと、ガラス張りになっています。
木造で、これだけ大きい拝殿、ガラスをふんだんに使用した拝殿は珍しいです。
遷宮による、伝統と技術の継承はそのままに、現代にも合うように革新を加えています。
古民家再生で私たちが大切にしていることと共通していて、学ぶことの多い拝殿でした。
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2017年01月25日
現役の大戸くんの一日を取材@高山
こんにちは☆
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
良いお天気ですね☆
和柄の切手が発売されるというのを教えてくれた近所の郵便局に切手を買いに行きました(´▽`)
切手の形も、扇型や巾着型があってかわいいです♪
使うのが楽しみです(^^♪
今日は、昔の民家の土間の出入りに使われていた「大戸(おおど)」をご紹介します☆
大戸というのは、名前の通り、大きな板戸です。

(写真の白く囲った部分全体が大戸)
大きくて、開け閉めするのが大変なので、通常は大戸に作られた「潜り戸(くぐりど)」から出入りします。
実際に、現役中の大戸を高山の古い街並みでは沢山見ることが出来ました☆
開き方は、襖と同じように片方に引く「片引き」と、ドアのように開く「開き戸」が一般的です。
他に、内部にはね上げて開くものもあり、蔀戸(しとみど)のように吊るした金具で止めるものもあります。
酒屋さんの出入り口で、跳ね上がっている大戸くん発見(#^.^#)

吊り金具で固定されている部分の写真です。
お店の出入り口ということは、現役?!なんと!!
大戸は、一つの扉で色んな表情があるんです!
これは見なくては!!
ということで、大戸の全ての表情を撮りたくて、昼・夜・早朝と時間を変えて町並み散策しました。
夜は、真っ暗で色黒の大戸くんはうまく写らなかったので、早朝に夜の表情も見てきました。

上の写真が、夜~活動を始める前の大戸。
潜り戸部分の戸締りのための板戸も閉まっています。
こちら建物は、大戸の潜り戸と別に、左側に別に潜り戸を設けてました。

寝起きの大戸↑

活動準備を始めた大戸↑
潜り戸には、板戸を開くと腰高障子(腰付き障子の腰の部分が高いものです)が組み込まれています。
写真のように、商家では障子に屋号や家印が書かれていたりします。
現在の「開店準備中」の表示と同じ役目をしているんです。

準備体操中の大戸↑
障子が開けられ、家の人が出たり入ったり。
そして、本格活動をした大戸くんは、全体が開くとパッと見では姿を消します。
一般の家では、大戸が全部開かれるのは、大きなものを出し入れするときくらいですが、お店の客用出入り口として使っている高山のお店では、毎日開けられているようでした。
今でも、大戸くんが大活躍しているのを見て、嬉しくなった散策でした(´▽`)
************************
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お読みいただき、有難うございます。
良いお天気ですね☆
和柄の切手が発売されるというのを教えてくれた近所の郵便局に切手を買いに行きました(´▽`)
切手の形も、扇型や巾着型があってかわいいです♪
使うのが楽しみです(^^♪
今日は、昔の民家の土間の出入りに使われていた「大戸(おおど)」をご紹介します☆
大戸というのは、名前の通り、大きな板戸です。
(写真の白く囲った部分全体が大戸)
大きくて、開け閉めするのが大変なので、通常は大戸に作られた「潜り戸(くぐりど)」から出入りします。
実際に、現役中の大戸を高山の古い街並みでは沢山見ることが出来ました☆
開き方は、襖と同じように片方に引く「片引き」と、ドアのように開く「開き戸」が一般的です。
他に、内部にはね上げて開くものもあり、蔀戸(しとみど)のように吊るした金具で止めるものもあります。
酒屋さんの出入り口で、跳ね上がっている大戸くん発見(#^.^#)
吊り金具で固定されている部分の写真です。
お店の出入り口ということは、現役?!なんと!!
大戸は、一つの扉で色んな表情があるんです!
これは見なくては!!
ということで、大戸の全ての表情を撮りたくて、昼・夜・早朝と時間を変えて町並み散策しました。
夜は、真っ暗で色黒の大戸くんはうまく写らなかったので、早朝に夜の表情も見てきました。
上の写真が、夜~活動を始める前の大戸。
潜り戸部分の戸締りのための板戸も閉まっています。
こちら建物は、大戸の潜り戸と別に、左側に別に潜り戸を設けてました。
寝起きの大戸↑
活動準備を始めた大戸↑
潜り戸には、板戸を開くと腰高障子(腰付き障子の腰の部分が高いものです)が組み込まれています。
写真のように、商家では障子に屋号や家印が書かれていたりします。
現在の「開店準備中」の表示と同じ役目をしているんです。
準備体操中の大戸↑
障子が開けられ、家の人が出たり入ったり。
そして、本格活動をした大戸くんは、全体が開くとパッと見では姿を消します。
一般の家では、大戸が全部開かれるのは、大きなものを出し入れするときくらいですが、お店の客用出入り口として使っている高山のお店では、毎日開けられているようでした。
今でも、大戸くんが大活躍しているのを見て、嬉しくなった散策でした(´▽`)
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古民家再生と築40年以上の木造住宅改修・設計専門店
工事も頼める設計屋さん
㈲谷野設計
香川県さぬき市大川町富田西2911-1
0879-43-6807
info@tanino-sekkei.co.jp
2017年01月24日
寺社建築探訪記の記事が番組に?!
こんにちは☆
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
このブログは、日本の素晴らしい伝統建築やその技術を沢山の方に知ってもらえたらと思って書いています。
実は先週の頭に、書き始めてまだ3か月ほどの時に書いた記事を、とある方が見てくださり、連絡がありました。
とある方というのは、TV番組で取り上げる情報のネタ探しやリサーチを行っている会社の方。
私も大好きな日本の伝統技術や職人を紹介する情報番組を担当しているとのこと。
なんと、寺社建築探訪記の記事で書いた出雲大社の記事を見て、情報協力をお願いしたいとのことでした。
見て頂いた記事はこちら↓
出雲大社のお勧めの個所や、ちゃん塗りについてなど、知っている範囲でお伝えさせていただきました。
実際に番組になり、多くの方に日本の伝統技術に対して興味を持ってもらい、この伝統技術それを継承する職人さんたちの後押しになれば、とても嬉しいです。
これからも、ブログを通して少しでも伝統技術や地域の建築文化に貢献できるように頑張りたいと改めて思いました☆
************************
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お読みいただき、有難うございます。
このブログは、日本の素晴らしい伝統建築やその技術を沢山の方に知ってもらえたらと思って書いています。
実は先週の頭に、書き始めてまだ3か月ほどの時に書いた記事を、とある方が見てくださり、連絡がありました。
とある方というのは、TV番組で取り上げる情報のネタ探しやリサーチを行っている会社の方。
私も大好きな日本の伝統技術や職人を紹介する情報番組を担当しているとのこと。
なんと、寺社建築探訪記の記事で書いた出雲大社の記事を見て、情報協力をお願いしたいとのことでした。
見て頂いた記事はこちら↓
出雲大社のお勧めの個所や、ちゃん塗りについてなど、知っている範囲でお伝えさせていただきました。
実際に番組になり、多くの方に日本の伝統技術に対して興味を持ってもらい、この伝統技術それを継承する職人さんたちの後押しになれば、とても嬉しいです。
これからも、ブログを通して少しでも伝統技術や地域の建築文化に貢献できるように頑張りたいと改めて思いました☆
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2017年01月23日
書院の種類
こんにちは☆
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
今日は風が強いですね。
郵便局へ手紙を出しに行こうと出かけたら、あまりの風に危うく手紙が飛ばされるところでした( ;∀;)
今日は、前回の書院と書院造の違いと書院の歴史に続き、「書院」について書きたいと思います。
今回ご紹介するのは、床の間に取り入れられた現在の「書院」について、その種類をご紹介します。
書院は大きく分けると2種類に分かれます。
1つは「付け書院」、もう一つが「平書院(ひらしょいん)」です。
「付け書院」は、古来の形を伝承したもので、縁側にせり出した出窓状のものです。

(志度の地蔵寺の付け書院)

(縁側から撮った付け書院部分)
付け書院は、別称が多く、「本書院」、「出書院」、「出文(いだしふ)机」、「出文(いだしふ)棚」、「明り書院」などとも言われます。
正式とされる形は「柱建書院(はしらだてしょいん)」
かっちりした印象で、書道でいう「楷書」のイメージ。
対して、略式のものは「妻板書院(つまいたしょいん)」。
柔らかく、軽快な印象で、書道に例えると「草書」のイメージ。
「平書院」は、書院自体の略式で、床の間と縁側の仕切りとして採光の為の窓を入れたものです。

床の間の内部に採光の為に取り込まれたものは、「取込書院(とりこみしょいん)」といいます。
写真の書院は、どれも床の間に取り込まれた取込書院です。
書院の明りを取り入れるための窓(書院窓)には、明かり障子、欄間、火灯窓(かとうまど)などが用いられ、デザイン性に富んだ書院が増えました。
香川の書院の個人的なお勧めは、金比羅さんにある書院造りの付け書院です。
表書院は一般公開されているので、是非見てみてください☆
順路が縁側を廻る形になっているので、座敷内部には入れませんが、綺麗な庭が付け書院からどう切り取られて見えるか想像しながら見ると、一層楽しめます(*'ω'*)
************************
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今日は風が強いですね。
郵便局へ手紙を出しに行こうと出かけたら、あまりの風に危うく手紙が飛ばされるところでした( ;∀;)
今日は、前回の書院と書院造の違いと書院の歴史に続き、「書院」について書きたいと思います。
今回ご紹介するのは、床の間に取り入れられた現在の「書院」について、その種類をご紹介します。
書院は大きく分けると2種類に分かれます。
1つは「付け書院」、もう一つが「平書院(ひらしょいん)」です。
「付け書院」は、古来の形を伝承したもので、縁側にせり出した出窓状のものです。
(志度の地蔵寺の付け書院)
(縁側から撮った付け書院部分)
付け書院は、別称が多く、「本書院」、「出書院」、「出文(いだしふ)机」、「出文(いだしふ)棚」、「明り書院」などとも言われます。
正式とされる形は「柱建書院(はしらだてしょいん)」
かっちりした印象で、書道でいう「楷書」のイメージ。
対して、略式のものは「妻板書院(つまいたしょいん)」。
柔らかく、軽快な印象で、書道に例えると「草書」のイメージ。
「平書院」は、書院自体の略式で、床の間と縁側の仕切りとして採光の為の窓を入れたものです。
床の間の内部に採光の為に取り込まれたものは、「取込書院(とりこみしょいん)」といいます。
写真の書院は、どれも床の間に取り込まれた取込書院です。
書院の明りを取り入れるための窓(書院窓)には、明かり障子、欄間、火灯窓(かとうまど)などが用いられ、デザイン性に富んだ書院が増えました。
香川の書院の個人的なお勧めは、金比羅さんにある書院造りの付け書院です。
表書院は一般公開されているので、是非見てみてください☆
順路が縁側を廻る形になっているので、座敷内部には入れませんが、綺麗な庭が付け書院からどう切り取られて見えるか想像しながら見ると、一層楽しめます(*'ω'*)
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2017年01月20日
瓦版を読んで感想を頂きました☆頂いたメールにあった書院についてと書院造との違い
こんにちは☆
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
谷野設計では、毎月ご縁のあった方や、県東のお寺さんなどに、日々の出来事で感じたことなどのお便りを出しています。
昨年の11月から、お便りに寺社建築探訪記の瓦版も同封し始めました。
瓦版は、ブログ記事で人気のあるものを少しだけ詳しく書き足して紹介しています。
瓦版発行3回目は、牟礼のうどん本陣「山田屋」さんの床の間について書いた記事。
昨日、さぬき市内のお寺の住職から嬉しいメールを頂きました。
『今回の寺社建築探訪記に書いてあった書院について大変勉強になりました。今まで部屋全体を書院と思っていましたが、床の横にある開口部を書院ということを初めて知りました。また、違い棚を床脇と呼ぶことも知りませんでした。ありがとうございました。これからブログ拝見させていただきます。』
読んでいただけるだけでも嬉しいのに、感想を聞かせて頂けるなんて、この上ない幸せ(*‘ω‘ *)
有難うございます<(_ _)>
メールの内容にあった書院について、少し詳しくご紹介したいと思います。
今日は、よく混同される「書院」と「書院造」について、2つの違いを書きたいと思います。

「書院造り」というと、室町時代の文化の象徴として知られています。
「書院造」とは、建物の「造り」を表すもので、それまでの建具による間仕切りの無い「寝殿造り」と対比して、細かく建物を建具によって間仕切りしたものを言います。
その間仕切りした部屋の中で、中核となったのが、「書院」を取り入れた部屋だったので「書院造」と呼ばれるようになりました。
書院造りの書院で最古の遺構は、慈照寺銀閣(通称:銀閣寺)東求堂(とうぐどう)の同仁斎です。
「書院」とは、厳密にいうと読書や書き物をするための場所のことです。中国では「学問所」のことです。
この元来の読書や書き物をする場所(現在でいうところの書斎)としての「書院」は、平安時代後期にはあったと考えられます。
日本で最初に取り入れられたのは僧侶の「勧学所」としてでした。
「書院」の原型は、出窓状の出し文机で、『法然上人絵伝』にも、この出窓状の書院が描かれています。

イメージの画を描いてみましたが、絵心が足りない(;´∀`)
奥には、素敵な外の景色が広がっている想像をしてください(*'ω'*)
空間自体が勧学所として使用されていたのを考えると、先程の住職のメールにあった「部屋全体を書院と思っていた」というのは、お寺の本来の「書院」としては正しいのではないかと私は思っています。
平安時代後期に武士階級が権力を持ち始めると、地方の武家の家に「書院」が取り入れられるようになります。
平安時代の「貴族」の「寝殿造り」に対して、武士の「武家造り」と言います。
(ただ、武家造りに関しては、曖昧なところが多く、はっきりとした造りは分かっていません。)
後にこの武家造りが、「しつらい」を取り入れた書院造へと発展します。
「書院」本来の実用を離れて、座敷飾りの一部として取り入れられるようになった結果、現在のような書院になりました。

(説明の中で、座敷の成り立ちと書院の関連は割愛しています)
つまり、「書院造」は、建物全体の構成を表し、「書院」は、本来、書斎という場所を表します。
(書院については、現在では、床の間の形式上の書院のみを指すことが一般的です。)
書院には、その構法でいくつかの種類があります。
次回は、書院の種類について書きたいと思います。
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さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
谷野設計では、毎月ご縁のあった方や、県東のお寺さんなどに、日々の出来事で感じたことなどのお便りを出しています。
昨年の11月から、お便りに寺社建築探訪記の瓦版も同封し始めました。
瓦版は、ブログ記事で人気のあるものを少しだけ詳しく書き足して紹介しています。
瓦版発行3回目は、牟礼のうどん本陣「山田屋」さんの床の間について書いた記事。
昨日、さぬき市内のお寺の住職から嬉しいメールを頂きました。
『今回の寺社建築探訪記に書いてあった書院について大変勉強になりました。今まで部屋全体を書院と思っていましたが、床の横にある開口部を書院ということを初めて知りました。また、違い棚を床脇と呼ぶことも知りませんでした。ありがとうございました。これからブログ拝見させていただきます。』
読んでいただけるだけでも嬉しいのに、感想を聞かせて頂けるなんて、この上ない幸せ(*‘ω‘ *)
有難うございます<(_ _)>
メールの内容にあった書院について、少し詳しくご紹介したいと思います。
今日は、よく混同される「書院」と「書院造」について、2つの違いを書きたいと思います。
「書院造り」というと、室町時代の文化の象徴として知られています。
「書院造」とは、建物の「造り」を表すもので、それまでの建具による間仕切りの無い「寝殿造り」と対比して、細かく建物を建具によって間仕切りしたものを言います。
その間仕切りした部屋の中で、中核となったのが、「書院」を取り入れた部屋だったので「書院造」と呼ばれるようになりました。
書院造りの書院で最古の遺構は、慈照寺銀閣(通称:銀閣寺)東求堂(とうぐどう)の同仁斎です。
「書院」とは、厳密にいうと読書や書き物をするための場所のことです。中国では「学問所」のことです。
この元来の読書や書き物をする場所(現在でいうところの書斎)としての「書院」は、平安時代後期にはあったと考えられます。
日本で最初に取り入れられたのは僧侶の「勧学所」としてでした。
「書院」の原型は、出窓状の出し文机で、『法然上人絵伝』にも、この出窓状の書院が描かれています。
イメージの画を描いてみましたが、絵心が足りない(;´∀`)
奥には、素敵な外の景色が広がっている想像をしてください(*'ω'*)
空間自体が勧学所として使用されていたのを考えると、先程の住職のメールにあった「部屋全体を書院と思っていた」というのは、お寺の本来の「書院」としては正しいのではないかと私は思っています。
平安時代後期に武士階級が権力を持ち始めると、地方の武家の家に「書院」が取り入れられるようになります。
平安時代の「貴族」の「寝殿造り」に対して、武士の「武家造り」と言います。
(ただ、武家造りに関しては、曖昧なところが多く、はっきりとした造りは分かっていません。)
後にこの武家造りが、「しつらい」を取り入れた書院造へと発展します。
「書院」本来の実用を離れて、座敷飾りの一部として取り入れられるようになった結果、現在のような書院になりました。
(説明の中で、座敷の成り立ちと書院の関連は割愛しています)
つまり、「書院造」は、建物全体の構成を表し、「書院」は、本来、書斎という場所を表します。
(書院については、現在では、床の間の形式上の書院のみを指すことが一般的です。)
書院には、その構法でいくつかの種類があります。
次回は、書院の種類について書きたいと思います。
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古民家再生と築40年以上の木造住宅改修・設計専門店
工事も頼める設計屋さん
㈲谷野設計
香川県さぬき市大川町富田西2911-1
0879-43-6807
info@tanino-sekkei.co.jp
2017年01月19日
江戸の商家に見る木材を生かした「粋」
こんにちは☆
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
お天気の良い日が続いてますね☆
事務所前のため池に、毎年渡ってくる渡り鳥が、旅立っていきました。
冬になると、中継地点?らしく、毎年ため池に来ています。
ついこの前まで、飛ぶ練習をしていて、あまりに綺麗なので、犬の散歩中に見入っていたので、いなくなるとちょっと寂しいです。
元気に、次の場所まで無事にたどり着いて欲しいです。
さて、今日は江戸時代の旧商家の建物の軒で撮った写真をご紹介します☆

軒の裏もデザインとして取り入れた「化粧軒裏(けしょうのきうら)」となっています。
軒を深く前面に張りだした「出桁造り(でげたづくり)」
桁を受けている壁から張りだした木材が、腕木と言います。

垂木と垂木の間に、間垂木という素材の異なる木材を使うことで、軒裏に変化を持たせたデザインは、千利休が完成させた草庵風茶室で用いられ、その後、商家などにも取り入れられるようになりました。
写真の垂木は、杉丸太、間垂木は、女竹が使われています。
こういった、素材そのものの美しさが年月の経つほどに際立っているのを見るのが、とても好きです。
長く木材に関わった暮らしをしていたからこその、遊び心と、美の感覚☆
現在の建築でも、見習うことが多いです。
日本人が培ってきた、本来の「木造」とは何か?を改めて考えさせられます。
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お天気の良い日が続いてますね☆
事務所前のため池に、毎年渡ってくる渡り鳥が、旅立っていきました。
冬になると、中継地点?らしく、毎年ため池に来ています。
ついこの前まで、飛ぶ練習をしていて、あまりに綺麗なので、犬の散歩中に見入っていたので、いなくなるとちょっと寂しいです。
元気に、次の場所まで無事にたどり着いて欲しいです。
さて、今日は江戸時代の旧商家の建物の軒で撮った写真をご紹介します☆
軒の裏もデザインとして取り入れた「化粧軒裏(けしょうのきうら)」となっています。
軒を深く前面に張りだした「出桁造り(でげたづくり)」
桁を受けている壁から張りだした木材が、腕木と言います。
垂木と垂木の間に、間垂木という素材の異なる木材を使うことで、軒裏に変化を持たせたデザインは、千利休が完成させた草庵風茶室で用いられ、その後、商家などにも取り入れられるようになりました。
写真の垂木は、杉丸太、間垂木は、女竹が使われています。
こういった、素材そのものの美しさが年月の経つほどに際立っているのを見るのが、とても好きです。
長く木材に関わった暮らしをしていたからこその、遊び心と、美の感覚☆
現在の建築でも、見習うことが多いです。
日本人が培ってきた、本来の「木造」とは何か?を改めて考えさせられます。
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2017年01月17日
酉年に便乗☆家に関わる鳥たち特集 第三弾! シャチの祖先が鳥?!
こんにちは☆
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
前回、前々回の記事と、家に関わる鳥をご紹介してきました☆
今回も、酉年に便乗シリーズ!第三弾!
「シャチの祖先が鳥?!」
家の部分でシャチといえば、屋根の鬼瓦の後ろ、棟の上にいます。
「鯱(しゃち)」です。
現在では、「鯱鉾(しゃちほこ)」と一般に呼ばれますね。
(写真は、松山城)
鯱(しゃち)は、桃山時代から城郭に多く採用されました。
城に初めて鯱(しゃち)を設けたのは、「織田信長」とされています。
因みに、城の屋根に瓦を用いたのも織田信長が最初。
織田信長が安土城の天守に鯱(しゃち)を乗せて以降、天守には鯱を乗せるのが慣例になりました。
穴太衆の石垣もそうですが、当時の織田信長の影響力は絶大だったことが、建物の歴史からも分かりますね☆
鯱は、水に縁のあることから、防火の願いや、干ばつで苦しまないようにという願いが込められていました。
加えて、魔よけもあったと考えられています。
次第に、戦国の世では、古代の武器の「鉾(ほこ)」を逆さにしたような形という連想から「鯱鉾(しゃちほこ)」と呼ばれるようになります。
その鯱の基になったと考えられているのが、「鴟尾(しび)」です。
鴟は、前回お伝えした「鳶(とび)」と同じ、「とび」を意味します。
漢字そのものだと、「トビの尾」
(平城京大極殿復元:棟の上に鴟尾)
(平城京朱雀門復元:同上)
平城京跡地探訪は、こちらの記事でご紹介しています。
「鴟尾(しび)」は、中国から飛鳥時代に日本に上陸します。
中国でも「「鴟尾(しび)」という名前がついていたようです。
起源については、鳥をかたどったから、という説と、インドから中国に伝わった怪魚がもとになったという説があります。
奈良時代には、貴族が履いた沓(くつ)に似せた形が多くなり、「沓形(くつがた)」と史料にも記述されています。
(大極殿内部に展示されている鴟尾)
現存している最古のものは、奈良の唐招提寺金堂の宝蔵で見ることができます。
奈良時代の創建当時のものが、平成の大修理が行われるまで、屋根の棟西側に乗っていました。
(東側の「鴟尾(しび)」は、鎌倉時代に造られたとされています。こちらも宝蔵に有ります。)
鴟尾を沓(くつ)と見るか、鳥とみるか、怪魚と見るか、それぞれの見方で見え方が変わるのも面白いですね☆
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お読みいただき、有難うございます。
前回、前々回の記事と、家に関わる鳥をご紹介してきました☆
2017/01/11
2017/01/12
今回も、酉年に便乗シリーズ!第三弾!
「シャチの祖先が鳥?!」
家の部分でシャチといえば、屋根の鬼瓦の後ろ、棟の上にいます。
「鯱(しゃち)」です。
現在では、「鯱鉾(しゃちほこ)」と一般に呼ばれますね。
鯱(しゃち)は、桃山時代から城郭に多く採用されました。
城に初めて鯱(しゃち)を設けたのは、「織田信長」とされています。
因みに、城の屋根に瓦を用いたのも織田信長が最初。
織田信長が安土城の天守に鯱(しゃち)を乗せて以降、天守には鯱を乗せるのが慣例になりました。
穴太衆の石垣もそうですが、当時の織田信長の影響力は絶大だったことが、建物の歴史からも分かりますね☆
鯱は、水に縁のあることから、防火の願いや、干ばつで苦しまないようにという願いが込められていました。
加えて、魔よけもあったと考えられています。
次第に、戦国の世では、古代の武器の「鉾(ほこ)」を逆さにしたような形という連想から「鯱鉾(しゃちほこ)」と呼ばれるようになります。
その鯱の基になったと考えられているのが、「鴟尾(しび)」です。
鴟は、前回お伝えした「鳶(とび)」と同じ、「とび」を意味します。
漢字そのものだと、「トビの尾」
平城京跡地探訪は、こちらの記事でご紹介しています。
「鴟尾(しび)」は、中国から飛鳥時代に日本に上陸します。
中国でも「「鴟尾(しび)」という名前がついていたようです。
起源については、鳥をかたどったから、という説と、インドから中国に伝わった怪魚がもとになったという説があります。
奈良時代には、貴族が履いた沓(くつ)に似せた形が多くなり、「沓形(くつがた)」と史料にも記述されています。

現存している最古のものは、奈良の唐招提寺金堂の宝蔵で見ることができます。
奈良時代の創建当時のものが、平成の大修理が行われるまで、屋根の棟西側に乗っていました。
(東側の「鴟尾(しび)」は、鎌倉時代に造られたとされています。こちらも宝蔵に有ります。)
鴟尾を沓(くつ)と見るか、鳥とみるか、怪魚と見るか、それぞれの見方で見え方が変わるのも面白いですね☆
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2017年01月12日
酉年に便乗☆家に関わる鳥たち特集 第二弾!鳶(とび)職人 語源クイズ
こんにちは☆
さぬき市谷野設計の谷野です(^^)
お読みいただき、有難うございます。
前回の記事では、十二支の酉と、鶏についてと、家に関わる鳥の中で、鳥伏間と鳥居棚についてご紹介しました。
今回は、酉年に便乗シリーズ第二弾!
鳶(とび)職人について☆
鳶職人の「鳶(とび)」も鳥の名前ですね☆

この名前の語源は、なんでしょう?
今回は三択クイズ!
1. 職人の作業する様子が「鳶」の飛んでいるように見えるから
2. 職人が使う道具が鳶の嘴(くちばし)に似ているから
3. 丁場(ちょうば)が訛って「とんび」と呼んだから
鳶職人とは、特に高所作業を得意とする職人です。
鳶職人と一口に行っても、専門によって様々な鳶職人がいます。

鳶(とび)と呼ばれるようになったのは江戸時代からです。「鳶の者」と呼ばれていました。
大きく分けると、野丁場(のちょうば)鳶と、町丁場(まちちょうば)鳶があります。
現在は、大規模な工事を行う現場を野丁場、小規模なものを町丁場と呼んだり、その組織体制の大小を表します。
元は、町丁場は、「町」という行政上の自治の管轄(町奉行)で、建築関連の仕事以外にも、町内の祭礼や年中行事など、地域の世話役的な役割を担っていました。
野丁場というのは、町丁場に対して後に出来た言葉で、江戸幕府により道路工事や河川整備などの天下普請によって、新たに出来た土地を指します。
自治「町」に対して、自治の管轄が未だ出来ていない土地を「野」と呼びました。
「野」で仕事をする又は、「野」の仕事をする鳶(とび)を野丁場鳶と指すようになりました。
ところで、江戸時代の鳶(とび)の大活躍といえば、「消火活動」です。
江戸時代の消火活動で主だったことは、火の燃え広がりを防ぐために、火元の建物や火が及びそうな建物を壊すこと。

町の勇士が集まって結成される「火消し」集団の中でも、鳶は重宝がられました。
建物の造りに詳しく、且つ屋根から屋根へ華麗に駆け巡ることが可能で、素早く解体できるからです。
鳶は、町のヒーロー的存在で、歌舞伎の演目にも取り上げられるほど、人々の関心の的になりました。
今でも、消防の出初式で、梯子登りなどが行われるのも、「火消し」といえば「鳶」という江戸時代からの名残ですね☆

そして、火消しを行う際に使用した道具が「鳶口(とびぐち)」という道具です。
先端に鉤(かぎ)の付いた長い鉄製の棒で、その鉤の部分が鳶の嘴(くちばし)に似ていることから「鳶口」と言います。
「鳶(口)を持つ者」「鳶(口)を使う者」というのが、鳶(とび)職人の語源になったんです。
ということで、正解は、2番です!(^^)!
高所の危険な作業も多い鳶職人。
今も昔も建築に欠かせない重要な存在です。
次回は、酉年に便乗☆家に関わる鳥たち特集 第三弾!シャチの祖先が鳥?! です。
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前回の記事では、十二支の酉と、鶏についてと、家に関わる鳥の中で、鳥伏間と鳥居棚についてご紹介しました。
今回は、酉年に便乗シリーズ第二弾!
鳶(とび)職人について☆
鳶職人の「鳶(とび)」も鳥の名前ですね☆

この名前の語源は、なんでしょう?
今回は三択クイズ!
1. 職人の作業する様子が「鳶」の飛んでいるように見えるから
2. 職人が使う道具が鳶の嘴(くちばし)に似ているから
3. 丁場(ちょうば)が訛って「とんび」と呼んだから
鳶職人とは、特に高所作業を得意とする職人です。
鳶職人と一口に行っても、専門によって様々な鳶職人がいます。

鳶(とび)と呼ばれるようになったのは江戸時代からです。「鳶の者」と呼ばれていました。
大きく分けると、野丁場(のちょうば)鳶と、町丁場(まちちょうば)鳶があります。
現在は、大規模な工事を行う現場を野丁場、小規模なものを町丁場と呼んだり、その組織体制の大小を表します。
元は、町丁場は、「町」という行政上の自治の管轄(町奉行)で、建築関連の仕事以外にも、町内の祭礼や年中行事など、地域の世話役的な役割を担っていました。
野丁場というのは、町丁場に対して後に出来た言葉で、江戸幕府により道路工事や河川整備などの天下普請によって、新たに出来た土地を指します。
自治「町」に対して、自治の管轄が未だ出来ていない土地を「野」と呼びました。
「野」で仕事をする又は、「野」の仕事をする鳶(とび)を野丁場鳶と指すようになりました。
ところで、江戸時代の鳶(とび)の大活躍といえば、「消火活動」です。
江戸時代の消火活動で主だったことは、火の燃え広がりを防ぐために、火元の建物や火が及びそうな建物を壊すこと。

町の勇士が集まって結成される「火消し」集団の中でも、鳶は重宝がられました。
建物の造りに詳しく、且つ屋根から屋根へ華麗に駆け巡ることが可能で、素早く解体できるからです。
鳶は、町のヒーロー的存在で、歌舞伎の演目にも取り上げられるほど、人々の関心の的になりました。
今でも、消防の出初式で、梯子登りなどが行われるのも、「火消し」といえば「鳶」という江戸時代からの名残ですね☆
そして、火消しを行う際に使用した道具が「鳶口(とびぐち)」という道具です。
先端に鉤(かぎ)の付いた長い鉄製の棒で、その鉤の部分が鳶の嘴(くちばし)に似ていることから「鳶口」と言います。
「鳶(口)を持つ者」「鳶(口)を使う者」というのが、鳶(とび)職人の語源になったんです。
ということで、正解は、2番です!(^^)!
高所の危険な作業も多い鳶職人。
今も昔も建築に欠かせない重要な存在です。
次回は、酉年に便乗☆家に関わる鳥たち特集 第三弾!シャチの祖先が鳥?! です。
************************
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